鈴木さんは、その日も仕事で帰宅が深夜2時を回っていた。重い体を引きずって玄関のドアを開け、ため息と共にかばんを床に置く。一刻も早くシャワーを浴びて、この日の疲れを洗い流したかった。彼はネクタイを緩めながら洗面所へ向かい、いつものように蛇口のレバーを上げた。しかし、耳に届いたのは静寂だけ。水が出る気配は全くなかった。「あれ?」。彼は首を傾げ、もう一度レバーを上下させる。だが、やはり水は出ない。キッチンの蛇口も、浴室のシャワーも試したが、結果は同じだった。途端に、疲労感が焦燥感へと変わる。時計は深夜2時半を指している。こんな時間にどこへ連絡すればいいのか。鈴木さんはひとまずリビングに戻り、スマートフォンの明かりを頼りに解決策を探し始めた。検索結果には、まず元栓の確認、そして管理会社への連絡と書かれている。彼は玄関横のパイプスペースを開け、懐中電灯でメーターと元栓を照らした。バルブは確かに開いている。となると、原因は自分の部屋ではなさそうだ。彼はふと、いつもは気にも留めないエントランスの掲示板の存在を思い出した。もしかしたら、何か情報があるかもしれない。彼は部屋着のまま静かにマンションの一階へと下りていった。薄暗いエントランスの中、掲示板には一枚の紙が貼られていた。「水道管緊急メンテナンス工事のお知らせ」。そこには、まさに今、彼が体験している断水の時間と理由がはっきりと記されていた。その告知を見た瞬間、鈴木さんは安堵のため息を漏らした。故障ではなかったのだ。彼は自分の情報確認の甘さを少し反省しながら、部屋へと戻った。水は出ないままだが、原因が分かっただけで心の重荷はすっかり軽くなっていた。彼はとりあえずペットボトルの水で顔を洗い、その夜は眠りにつくことにした。